Category Archives: エクス→イン・プレス

星空 Starry Starry Night

Saturday 14 May 2016

…というタイトルの台湾映画を見ました。台湾映画って初めて見たかも。
 一言で説明すると、「中学生の少年少女が出会い、心を通わせ、小旅行をする」といった感じの話です。大林宣彦の「転校生」に似た雰囲気ですが、映像はずっと現代的で、CGを使ったファンタスティックなシーンも魅力的です。 Continue reading

超能力研究部の3人

Saturday 16 January 2016

「山下敦弘」の字はよく知っているんだけど、読みがいつも分からなくて、タイプするのがすんなりいきません。😅
 はい、「やましたのぶひろ」ですね。

 で、その山下監督の「超能力研究部の3人」という映画を見ました。 Continue reading

フリーミアムに釣られた話。

Thursday 15 May 2014

例によって、あまりタイムリーじゃなくて3月の話なんですが、YouTubeを何気なく見ていると、東京ニュース通信社というところのビデオが目にとまりました。「季刊 乃木坂」という乃木坂46の写真集が出るよ、という広告ビデオなんですが、撮影風景のメイキングみたいな感じの作りで、何本かあるのを見てるうちに、「あ、いいなあ、この写真集」みたいにしっかりと記憶に焼き付きました。
で、いざ発売されて本屋に並んでいるのを見たら、購買意欲に火がついて買ってしまったという…。 Continue reading

Facebookで使う言葉でプロファイリング

Friday 4 October 2013

World Well-Being Projectというのがありまして。
ソーシャルメディア上での言葉遣いから、その人のパーソナリティやプロファイルがどのくらい分かるのか、分析した研究結果を、そこそこグラフィックに見せてくれているサイトです。
Betaって書いてあるので、まだまだ表示されるべき画像が表示されなかったりとか、そういうのはありますが、ポイントとしては、かなり予想通りの結果が出てしまうところが面白いです。 Continue reading

フェラーリとジョブズ

Tuesday 10 May 2011

最近、エンツォ・フェラーリとスティーブ・ジョブズの伝記を読みました。

どちらも、その分野に関心のない人でも名前くらいは知っているという人。おそらく100年後にはエジソンとかチャイコフスキーのように、子供向けの偉人伝がいくつも出版されるに違いありません(それが紙の本かどうかは別にしても)。 Continue reading

デビッド・オライリーのビデオ

Friday 18 December 2009

iTunes Storeでアイコンを見つけて、U2なのにアニメ?って思いつつ見てみたら、これが「トイストーリー」を以来のショックを受けました。
いや、ショックというか、もっと、じんわりと。

キャラクターの目がいいですね。
こんな風に極端なデフォルメがされていても、「人間らしきもの」を見ると、そこから表情を、そして感情を読み取ることができるのだなあ、と思いました。

U2 – I’ll Go Crazy If I Don’t Go Crazy Tonight from David O’Reilly on Vimeo.

ぼくはiTunes Storeで買いましたが、上のVimeoというところの方が高画質で見られるようです(HDをオンにしてフルスクリーン再生、Scalingをオフにすると最適になると思います)。iTSで売ってるビデオは、640×352、ビットレート1,758kbpsです。悪い感じではないですけれど、売り物が無料のより品質が落ちるっていうのも、ちょっとねぇ…。

アニメの作者のデビッド・オライリーは、1985年アイルランド出身、ベルリンをベースに活動しているそうです。
まだ、ウィキペディアのページとかさえ充実してないみたいですね。

Smapのソフトバンク

Sunday 2 August 2009

昨日、単にテレビを見ていて、たまたま、スマップの登場するソフトバンクのコマーシャルを見ました。

ぼくはまったくスマップに興味はないんですが、「あ、これが話題になってたスマップのコマーシャルだ」ってすぐにわかりました。

モーニング娘。のPVみたいに全員の顔がアップになるみたいな押し出し方をしてくるのかな、と思っていたんですが、メンバー5人が横に並んで歩いてくるという構図で、よくよく見ないと、小さくて誰だかわからない…はずなんです。少なくとも、ぼくのようにスマップなんて興味ない、という人間には。
でも、それが見た瞬間、「あ、スマップだ」って分かっちゃう。そういうのが、やっぱりスターの証なんでしょうかねぇ。
ファンにアピールできるのは当たり前だし、アップで登場すれば、有名なんだからファンでなくても分かるのは当たり前。
でも、わざわざ(?)バックにも人をたくさん配置して、決して最初からスマップ!!ってスーパーとか出さないで、それでもファンでない一般人に気づいてもらえる。っていうのが、まあ、前評判の作り方とかも含めて、大規模な広告なんですねぇ。

このCM、まだ見てない人もいると思うので書きませんが、最後まで見ると「やっぱ主役はそっちなのかっ!」と言いたくなる落ちも付いていました。
(´▽`)ゝ

さよなら、ホンダ

Saturday 30 May 2009

去年まででF1を撤退したホンダ。以下の記事では「経済誌や著名評論家が「英断」と評するいう“名”を得るとともに、多大な広告効果という“実”を失ってしまった」と評しています。

ビジネスメディア誠

思えば、ホンダからスポーツ・イメージが消えたのはもう随分前のことです。メインで売れているクルマはフィットやオデッセイなど、効率よく人と物を運べる「道具的」なクルマ。スポーツカーは、NSXやS2000、シビック・タイプRなどを細々と作ってきただけ。
そう考えると、近年F1をやっていたことの方が不思議なくらいです。

一方、トヨタはなんとかかんとか踏みとどまっている。未だ結果を出せていないし、富士スピードウェイでのグランプリ開催もなくなる方向らしいので、トヨタF1の将来も怪しいといえば怪しいけれど、それでも今インサイトとプリウスのどちらを買うかといわれたら、私はプリウスを選ぶだろうな(もっともハイブリッド車は次期尚早と思いますが)。

メルセデスやBMWは、というと今年は調子が悪い。これらの会社も今後どうするかわからないけれど、なんとなくやめちゃうってことはないんじゃないかなあ、っていう気がします。
市販車でも、SLKとかM3とか、魅力的なスポーツカーを作り続けていて、ファミリーカーしか眼中にないホンダとは正反対です。
F1をやっていないフォルクスワーゲンやアルファロメオも先進的な技術と新しいアイディアで面白いクルマを生み出していこうとしている。
「ハイブリッド=エコ」という消費者をバカにしたような単純化マーケティングしか考えられない日本のメーカーは、しょせん自動車文化なんてものとは縁遠いのかな、などとも思ってしまいます。

結局、日本という国はコモディティの国なんでしょうかね。一流ブランドっていうものを作り出し、根付かせることができない。

今、何時?

Tuesday 26 May 2009


iPhoneアプリ版

いいですね。面白い。

AppStoreの説明では、「著作権と肖像権はPhiria Designが保有」となっていますが、肖像権っていうのは譲渡できるんでしょうかね? そういう契約を交わしてしまっているのかもしれないですが、恐らく「肖像を特定目的で利用する権利を譲り受けている」という意味でしょうね。肖像権そのものは一身専属だと思われますので…。
また、「ビジネス特許も取得済み」っていうことですが、どんな内容なんだろう。興味があります。

でもとにかく、今、東京って世界一女の子が可愛い街になっていますね。ファッションにオリジナリティがあるし、つまらないフェミニズムにもとらわれていないところがいいです。

ちなみに、ガジェット版とiPhoneアプリ版では、同じ時刻でも違う写真になるようです。

バルマー氏の意見。

Friday 25 July 2008

· Apple: In the competition between PCs and Macs, we outsell Apple 30-to-1. But there is no doubt that Apple is thriving. Why? Because they are good at providing an experience that is narrow but complete, while our commitment to choice often comes with some compromises to the end-to-end experience. Today, we’re changing the way we work with hardware vendors to ensure that we can provide complete experiences with absolutely no compromises. We’ll do the same with phones—providing choice as we work to create great end-to-end experiences.

AllThingsD

米マイクロソフトのCEO、スティーブ・バルマー氏の意見です。アップルに関するところしか読んでないので、もしかしたら文脈を読み違えているかもしれませんが、そのときはスイマセン。

概要はこうです。

「比較するならPCはMacの30倍売れている。けれどもアップルが成功していることは明らかだ。理由は、アップルが『狭い範囲での完成された体験』を提供しているからだ。我々はその面で妥協を強いられてきたが、これからはハードウェア・ベンダーとの関係を変えて、『まったく妥協のない完成された体験』を提供していく。」

End-to-end experienceというのが具体的に何を指すのか不明確ですが、恐らくは自分たちはWindowsやOfficeのようなソフトウェアだけを提供していて、ハードウェアは他社が作っている、だから妥協を強いられているのだ、と言いたいのでしょう。悪いのは自分たちじゃない、と。
ビル・ゲイツは、こんなみっともない言い訳はしなかったように思いますが、それはともかくとして、「妥協しない」とはどういうことなのか、それが分かれば苦労はしないのです。
ハードウェアもソフトウェアも、両方を作るようになれば妥協をなくせるのか。そんな簡単なものじゃないでしょう。

ビル・ゲイツが退いてからのマイクロソフトは、目標とするものが見えていない。というか、目標が分からなくなったから、ゲイツ自身は引退したのでしょう。
まずは目標、未来像、理想像、そういったものを自分自身で知ることができなければ、「妥協しないこと」さえできないだろうと思います。バルマーさん、「妥協しない」前に、今現在「妥協することができている」と思っているんでしょうか?

難しいですね、21世紀。

花屋の窓

Friday 25 January 2008

こちらは、やぶちゃん曰く、『Gaity座の「サロメ」』と「ペアで読んで頂きたい」という作品です。
途中引用部分がありますが、そこは左右に2em(2文字分)のマージンをとっています。「やぶちゃんテクスト」では改行やスペースを使って段を下げていますが、本来的にはマージンの方がよいと思います。
ちなみに、現在のところ、画面表示はサンセリフ(ヒラギノ角ゴシック、またはMS Pゴシック)、印刷はセリフ(ヒラギノ明朝またはMS明朝)としています(多分そうなってると思う)。いずれにしても、エムダッシュの扱いもそうですが、MSフォントはあまりよくありません。

花屋の窓

片山廣子

 暮れかかる山手の坂にあかり射して花屋の窓の黄菊しらぎく

 この歌は、昭和十一年ごろ横濱の山手の坂で詠んだのであるが、そのときの花屋の花の色や路にさした電氣の白い光も、すこしも顯れてゐない。何度か詠みなほしてみても駄目なので、そのまま投げてしまつた。しかし歌はともかく、秋のたそがれの坂の景色を私はその後も時々おもひ出してゐた。

 まだ靜かな世の中で、大森山王にゐた娘たち夫婦が私を横濱に遊びに誘つてくれた。遊びにといつても週間の日の午後四時ごろ出かけたのだから、ちよつとした夕食をするのが目的で、その前に彼の大好きな場所であつたフランス領事館の前のあき地に行つて散歩した。その時分のタクシイは一圓五十錢ぐらゐの料金で、大森八景坂からそのフランス領事館の坂の上まで私たちをはこんでくれた。

 夕日がまだ暖かい丘の草はらを歩き廻つて崖ぎはに出ると、海はもう沈んだ光になつて、わづかばかりの鷗が高くひくく飛んでゐた。

 その草はらで暫く休んでから、領事館の横を通つて急な坂道を下り始めた。片側は崖で、片側に一二軒の小家があつたが戸ざして火影もなく、みじか日がすつかり暮れて坂は暗くなつてゐた。坂を下りきる邊にあかりが白く路にさしてゐる家があつた。花屋で、中は一ぱいの西洋花が滿ちみちて、大きなガラスの窓には白と黄の大輪の菊が咲きほこつてゐるのだつた。鉢植のが黄菊で、きり花が白菊だつたか、その反對であつたか今思ひ出せないけれど、その窓がまぶしいほど明るい世界を暗い路に見せてゐた。山手の外人の家に花を入れる店らしく、その邊にほかの店は一つもないやうだつた。店内にも路にもそのときわれわれのほかに一人の人間も見えず靜かな夜みちを、そこから左にそれて南京町の方へ歩いて、聘珍(へいちん)で夕食をすました。

 その後も横濱へは何度か買物や遊びに行つたけれど、この花屋の道にはそれきり出たことがなく、ただ家に歸つて來てから、あの花屋の店は今日も花で一ぱいかしらなぞと考へたりした。焦土となつた横濱がぐんぐん復興して來たと聞いて、私はまた昔のやうに花屋の窓の電氣にうき出す菊の花を思ひゑがいた。

 先日、「うめ うま うぐひす」といふ芥川龍之介隨筆集を讀んでゐた時、ゲエテ一座のサロメを見物に行くところで、夕がた何處かの坂の中途で作者が、闇の中に明るい花屋のガラス窓を見るくだりがあつた。

「僕等四人の一高の生徒は日暮れがたの汽車に乘り、七時何分かに横濱へ着いた。それから何町をどう歩いたかはやはり判然と覺えてゐない。唯何處かの坂へかかると、屋並みも見えない闇の中に明るい硝子窓がたつた一つあり、その又窓の中に菊の花が澤山咲いてゐたのを覺えてゐる。それは或は西洋人相手の花屋か何かの店だつたであらう。が、ちよつと覗きこんだ所では誰も窓の中にゐる樣子は見えない。しかも菊の花の群がつた上には煙草の煙の輸になつたのが一つ、ちやんと空中に漂つてゐる。僕はこの窓の前を通る時に妙に嬉しい心もちがした。」

 これは、山手の坂のあの同じ花屋であることは確かである。妙に嬉しい心もちがしたと作者がいふところで私も妙にうれしくなつて、菊の花の群がつた上に漂つてゐる煙草の煙の輪を、私も見たやうな錯覺さへもち始めた。「夢のふるさと」といふやうな言葉でいふのはまはりくどいが、靜かなおちつきの世界を芥川さんも私もおのおの違つた時間に覗いて見たのであつたらう。

Gaity座の「サロメ」

Thursday 24 January 2008

「やぶちゃんの電子テクスト」(すごい量の文献がありますよ)からコピー&ペーストしたもの。「正字正仮名」ということで、コピー元もUTF-8なんですが、WordPressできちんと処理されるかどうか、試してみました。よさげな感じですが、細かいところ、どうでしょう?
個人的には、エムダッシュの文字コードが違っているように思えますが、とりあえず、あえてそのままにしてあります。

Gaity座の「サロメ」

――「僕等」の一人久米正雄に――   芥川龍之介

 ……切符は横濱の原さんに買つて貰つたやうに記憶してゐる。少くとも特に切符を買ひに横濱へ行つたと言ふ記憶はない。しかし僕等は當夜よりも確か一日か二日前に二等の切符を手に入れてゐた。切符は何でも二圓だか二圓五十錢だかだつたと覺えてゐる。

 僕等四人の一高の生徒は日暮れがたの汽車に乘り、七時何分かに横濱へ着いた。それから何町をどう歩いたかはやはり判然と覺えてゐない。唯何處かの坂へかかると、屋並みも見えない闇の中に明るい硝子窓がたつた一つあり、その又窓の中に菊の花が澤山吹いてゐたのを覺えてゐる。それは或は西洋人相手の花屋か何かの店だつたであらう。が、ちよつと覗きこんだ所では誰も窓の中にゐる樣子は見えない。しかも菊の花の群がつた上には煙草の煙の輪になつたのが一つ、ちやんと室中に漂つてゐる。僕はこの窓の前を通る時に妙に嬉しい心もちがした。勿論僕等はかう言ふことにもThe Land of Heart’s Desireの税關の旗を感ずるほど、健氣な羅曼(ロマン)主義者の一群だつたのである。

 開場前のゲイティイ座の前には西洋人が七八人、靜かに話したり歩いたりしてゐる。僕等もその間にまじりながら、暗い劇場のまはりをまはつて見た。劇場は如何にもひつそりしてゐる。どうも僕の記憶によれば、漆食塗りか何かの劇場の壁には火かげのさした窓も見えなかつたらしい。從つて僕は目の前の壁にばたんと言ふ音の聞えるが早いか、印牛纏を着た男が一人、電燈のともつた扉口から往來へ姿を露はした時には少からず吃驚した。が、それよりも僕の目を――恐らくは僕等の目を惹いたのはその扉口に立ち上つた、年の若い西洋の女である。彼女は電燈を後ろにしてゐたから、顏かたちの美醜は明かではない。しかし兎に角青い着ものを着た、世にも姿の好い女である。僕は忽ちこの女に或悲劇の女主人公を感じた。彼女は勿論二三週間のうちに誰かを愛して、罪惡を犯して、その為に毒を嚥んで死んでしまふのである。けれども彼女の口から出たのは、僕は未だにありありと如何に僕の幻滅の甚しかつたかを覚えてゐる、羅曼的な彼女の口から出たのは唯喉もとに癇癪を抑へた、鸚鵡よりも拙劣な日本語だつた。

 「それから、お前、ギタアを借りる、忘れる、いけませんよ! ギタアですよ! ヴァイオリンと間違へる、借りる、いけませんよ!」

 この何處かへ借りにやつたギタアは、――僕はそれから二十分の後にもう一度烈しい幻滅を感じた。アラン・ウィルキィ一座の舞臺監督は「サロメ」と共に上演した「フロレンスの悲劇」の色男にこのギタアを持たせてゐたのである。…………

 僕等は「フロレンスの悲劇」の幕が下りてから、薄暗い二階の後ろのベンチに熱心に「サロメ」を待ち焦れてゐた。尤も前後左右の西洋人は神妙に坐つて待つてなどはゐない。大抵は廊下へ煙草をのみに出たり、バアヘ一杯やりに行つたりしてゐる。僕は「フロレンスの悲劇」を見ながら、絶えず僕の左に坐つた老異人の腋臭(わきが)に辟易してゐた。薔薇色に頭の禿げた彼は幸ひもう席には坐つてゐない。しかし香水の匂に交つた、何とも彼と言はれぬ腋臭の匂は未だに僕の鼻に殘つてゐる。僕はこの匂を駆逐する爲に何度も馬のやうに鼻を鳴らした。すると其處へ漂つて來たのはゴムの燃えるのに似た匂である。それも始は僕の嗅覺を刺戟するかしないかだつた。が、少時するうちにだんだん噎せかへるほどの匂になつた。のみならず二階から下を見ると、西洋人に埋まつたオオケストラ・ストオルもいつの間にかぼんやりと煙つてゐる。僕はやつとこの匂も何かこれから始まる「サロメ」に縁のあると言ふことを發見した。

 しかし如何なる縁があるか、はつきりと僕にもわかつたのは突然落ちて來た闇の中に正面の幕の破れた時である。四角に薄明るい舞臺の奥には一段高い臺を設け、後ろに黑幕を垂らした外に全然背景と言ふものを使つてゐない。唯舞臺の左の前に金紙を貼つた井戸が一つ、フツト・ライトにぴかぴか光つてゐる。それから一段高い左右にそれぞれ怪しげな香爐が一つ、まつ直に煙を立ち昇らせてゐる。あのゴムの燃えるのに似た、野蠻極まる惡臭はこの何よりも烽火に近い香爐の煙の産物だつた。それは勿論嗅覺的に東洋の幻想を與へようとした舞臺監督の仕業に違ひない。けれども僕はこの煙に咳を生じたばかりだつた。或は必然の聯想として、セルロイド工場の大火事を思ひ浮べたばかりだつた。のみならず、――

 のみならず僕は役者たちにも、――「若きシリア人」や小姓にも殘酷な何度目かの幻滅を感じた。「若きシリア人」は肉附きの好い裸の手足を露はしたまま、一段高い舞臺の奥に反り身になつて佇んでゐる。が、背は目分量にすると、やつと四尺七八寸しかない。この小男を猶太の王ヘロド・アンティバスの寵遇を受けた護衛兵の大尉と思へと言ふのは金鶴香水をナルドの油と思へと言ふのも同じことである。いや、思へと言ふのかも知れない。現に小姓に扮した女優は明かに近代の文明が産んだ、一脚時價六圓か七圓ぐらゐの椅子に腰をかけてゐる。が、衣裳道具の整はないことや役者に適材を缺いてゐることは必ずしも不平を言はないでも好い。若しサロメさへ美しければ、――サロメに扮する女優さへ「銀の鏡に影を映した白薔薇の花のやうに」美しければ、僕等は五分もたたないうちに「若きシリア人」の身の丈や小姓の椅子などは忘れてしまふであらう。若しサロメさへ美しければ、――僕はHow beautifulとか或は又How strangeとか兎角Howを離れない臺辭の斷片を捉へながら、妃ヘロディアスの娘、猶太の王女、美しいサロメの出て來るのにあらゆる希望を託してゐた。

 サロメは畢に舞臺の右からしつしづと黑幕の前へ進んで來た。「若きシリア人」の臺辭を借りれば正に「水仙の花のやうに、銀の花のやうに」進んで來たのである。僕は早速双眼鏡擧げ――これはオペラ・グラスの誤りではない。明治十二年か十三年かに伊豆七島を測量した僕の叔父讓りの双眼鏡である。僕はこの大きい双眼鏡を擧げ、はるかに舞臺の上のサロメを眺めた。サロメはジヨカナアンの首を斬らせた時に何歳になつてゐたか不明である。が、兎に角養老院より女學校にはひるのに近かつたであらう。よし又年をとつてゐたにもしろ、少くとも女子大學の生徒ぐらゐの若さだけはあつたと思はなければならぬ。けれどこのサロメは明かに粉黛を装つたお婆さんである。顏や頸の皺は勿論、頰のこけてゐることも一通りではない。殊に猶太の月明りに、大理石と白さを競ふべき腕は干し大根のやうに痩せ細つてゐる。ああ、サロメさへ美しければ!――僕は圓いレンズの中にはつきりと彼女を眺めた時にとうとう僕の羅曼主義も偉大なる羅馬帝國のやうに没落しなければならぬことを感じた。しかし――

 しかし火を吹いて滅せしめる風は同時に又火を吹いて熾ならしめる風である。俗惡を極めた現實は僕の羅曼主義に一撃を與へた。けれど僕の羅曼主義は反つてその一撃の爲に燃え上つた。と言ふのは外でもない、僕はこの「老いたる猶太の王女」に忽ちかう言ふ森先生の名文の一節を思ひ起したのである。――

 「……女王は身の丈甚だ高からず、面(おもて)の輪郭鋭くして、黑き目は稍々(やや)陷りたり。衣裳つきほいと惡(あし)し。無遠慮に評せば、擬人せる貧窶(ひんる)の妃嬪(ひひん)の装束したるとやいふべき。さるを怪しむべきは此女優の擧止(たちゐ)のさま都雅(みやびやか)にして、いたく他(た)の二人(にん)と殊なる事なり。われは心の中に、若し少(わか)き美しき娘に此行儀あらば奈何ならんとおもひぬ。既にして女王は進みて舞臺の縁(ふち)に點(とも)し連ねたる燈火(つくわ)の處に到りぬ。此時我心は我目を疑ひ、我胸は劇(はげ)しき動悸を感じたり。われは暫くの間、傍なる紳士に其名を問ふことを敢てせざりき。われ。此女優の名をば何とかいふ。紳士。アヌンチヤタといへり。……」

 僕は何度も双眼鏡を挙げて舞臺の上のサロメを眺めた。サロメを?――いや、サロメではない。あれは「即興詩人」のアヌンチヤタである。少くともアヌンチヤタの姉妹である。殘骸に脂粉を装つた酉班牙生まれのアヌンチヤタは氣の毒にも「燈燭の數少き、薄暗き」ヴェニスの小劇場に往年の戀人と邂逅した。が、ヴェニスの小劇場は東洋の日本の横濱の小劇場のあはれなるに若かない。あのサロメに扮した女優も肉の落ちた彼女の乳の下には何本かの古手紙を持つてゐるであらう。或はホテルの彼女の部屋にも何年か前にディドオに扮した彼女自身の油畫――でなければ繪端書ぐらゐは持つてゐるかも知れない。……

 「……アヌンチヤタは再び口を開きぬ。我は君と再會せり。再會していよ/\君が情ある人なることを知る。されど薔薇(さうび)は既に凋(すが)れ、白鵠(くぐひ)は復た歌はずなりぬ。おもふに君は聖母の恩澤に浴して、我に殊なる好き運命に逢ひ給ふなるべし。今はわれに唯々(ただ/\)一つの願(ねがひ)あり。アントニオよ、能くそを愜(かな)へ給はんかといふ。われ手に接吻して、いかなるおん望にもあれ、身にかなふ事ならばといふに、アヌンチヤタ、さらばこよひの事をば夢とおぼし棄て給ひて、いまより後(のち)いついづくにて相見んとも、おん身と我とは識らぬ人となりなんこと、是れわが唯々一つの願ぞ、さらば、アントニオ、これより善き世界に生れ出なば、また相見ることもあらんとて、我手を握りぬ。……」

 サロメは香爐の煙の中にI will kiss thy mouthとか何とか叫びながら、やつと金紙の井戸から出て來た豫言者ジヨカナアンに手を伸べてゐる。が、僕は小姓の椅子を忘れ、「若きシリア人」の身の丈を忘れ、唯僕の前に展開した羅曼主義の世界に見入つてゐた。其處には「サロメ」の戲曲家ワイルドもなければワイルドの戲曲「サロメ」もない。唯寂しいアヌンチヤタが一人、燈火もともさぬ屋根裏の小窓に今しがた悄然と歸つて行つたアントニオのことを考へてゐる。ヴェネティアの宮殿や寺院を照らした、薄ら寒い月光を眺めながら。……

 これは僕等の十四五年前に見た最初の「サロメ」の印象である。同時に又日本の舞臺に上つた最初の「サロメ」の印象である。僕は後に松井須磨子のやはり「サロメ」を演ずるのを見た。須磨子のサロメは美しい――よりも兎に角若かつたのに違ひない。が、僕のいつになつても忘れることの出來ないのはあの年をとつたサロメである。あの横濱へ流れて来た無名の英吉利の女優である。……