Gaity座の「サロメ」

2008/01/24 Thursday

 

「やぶちゃんの電子テクスト」(すごい量の文献がありますよ)からコピー&ペーストしたもの。「正字正仮名」ということで、コピー元もUTF-8なんですが、WordPressできちんと処理されるかどうか、試してみました。よさげな感じですが、細かいところ、どうでしょう?
個人的には、エムダッシュの文字コードが違っているように思えますが、とりあえず、あえてそのままにしてあります。

Gaity座の「サロメ」

――「僕等」の一人久米正雄に――   芥川龍之介

 ……切符は横濱の原さんに買つて貰つたやうに記憶してゐる。少くとも特に切符を買ひに横濱へ行つたと言ふ記憶はない。しかし僕等は當夜よりも確か一日か二日前に二等の切符を手に入れてゐた。切符は何でも二圓だか二圓五十錢だかだつたと覺えてゐる。

 僕等四人の一高の生徒は日暮れがたの汽車に乘り、七時何分かに横濱へ着いた。それから何町をどう歩いたかはやはり判然と覺えてゐない。唯何處かの坂へかかると、屋並みも見えない闇の中に明るい硝子窓がたつた一つあり、その又窓の中に菊の花が澤山吹いてゐたのを覺えてゐる。それは或は西洋人相手の花屋か何かの店だつたであらう。が、ちよつと覗きこんだ所では誰も窓の中にゐる樣子は見えない。しかも菊の花の群がつた上には煙草の煙の輪になつたのが一つ、ちやんと室中に漂つてゐる。僕はこの窓の前を通る時に妙に嬉しい心もちがした。勿論僕等はかう言ふことにもThe Land of Heart’s Desireの税關の旗を感ずるほど、健氣な羅曼(ロマン)主義者の一群だつたのである。

 開場前のゲイティイ座の前には西洋人が七八人、靜かに話したり歩いたりしてゐる。僕等もその間にまじりながら、暗い劇場のまはりをまはつて見た。劇場は如何にもひつそりしてゐる。どうも僕の記憶によれば、漆食塗りか何かの劇場の壁には火かげのさした窓も見えなかつたらしい。從つて僕は目の前の壁にばたんと言ふ音の聞えるが早いか、印牛纏を着た男が一人、電燈のともつた扉口から往來へ姿を露はした時には少からず吃驚した。が、それよりも僕の目を――恐らくは僕等の目を惹いたのはその扉口に立ち上つた、年の若い西洋の女である。彼女は電燈を後ろにしてゐたから、顏かたちの美醜は明かではない。しかし兎に角青い着ものを着た、世にも姿の好い女である。僕は忽ちこの女に或悲劇の女主人公を感じた。彼女は勿論二三週間のうちに誰かを愛して、罪惡を犯して、その為に毒を嚥んで死んでしまふのである。けれども彼女の口から出たのは、僕は未だにありありと如何に僕の幻滅の甚しかつたかを覚えてゐる、羅曼的な彼女の口から出たのは唯喉もとに癇癪を抑へた、鸚鵡よりも拙劣な日本語だつた。

 「それから、お前、ギタアを借りる、忘れる、いけませんよ! ギタアですよ! ヴァイオリンと間違へる、借りる、いけませんよ!」

 この何處かへ借りにやつたギタアは、――僕はそれから二十分の後にもう一度烈しい幻滅を感じた。アラン・ウィルキィ一座の舞臺監督は「サロメ」と共に上演した「フロレンスの悲劇」の色男にこのギタアを持たせてゐたのである。…………

 僕等は「フロレンスの悲劇」の幕が下りてから、薄暗い二階の後ろのベンチに熱心に「サロメ」を待ち焦れてゐた。尤も前後左右の西洋人は神妙に坐つて待つてなどはゐない。大抵は廊下へ煙草をのみに出たり、バアヘ一杯やりに行つたりしてゐる。僕は「フロレンスの悲劇」を見ながら、絶えず僕の左に坐つた老異人の腋臭(わきが)に辟易してゐた。薔薇色に頭の禿げた彼は幸ひもう席には坐つてゐない。しかし香水の匂に交つた、何とも彼と言はれぬ腋臭の匂は未だに僕の鼻に殘つてゐる。僕はこの匂を駆逐する爲に何度も馬のやうに鼻を鳴らした。すると其處へ漂つて來たのはゴムの燃えるのに似た匂である。それも始は僕の嗅覺を刺戟するかしないかだつた。が、少時するうちにだんだん噎せかへるほどの匂になつた。のみならず二階から下を見ると、西洋人に埋まつたオオケストラ・ストオルもいつの間にかぼんやりと煙つてゐる。僕はやつとこの匂も何かこれから始まる「サロメ」に縁のあると言ふことを發見した。

 しかし如何なる縁があるか、はつきりと僕にもわかつたのは突然落ちて來た闇の中に正面の幕の破れた時である。四角に薄明るい舞臺の奥には一段高い臺を設け、後ろに黑幕を垂らした外に全然背景と言ふものを使つてゐない。唯舞臺の左の前に金紙を貼つた井戸が一つ、フツト・ライトにぴかぴか光つてゐる。それから一段高い左右にそれぞれ怪しげな香爐が一つ、まつ直に煙を立ち昇らせてゐる。あのゴムの燃えるのに似た、野蠻極まる惡臭はこの何よりも烽火に近い香爐の煙の産物だつた。それは勿論嗅覺的に東洋の幻想を與へようとした舞臺監督の仕業に違ひない。けれども僕はこの煙に咳を生じたばかりだつた。或は必然の聯想として、セルロイド工場の大火事を思ひ浮べたばかりだつた。のみならず、――

 のみならず僕は役者たちにも、――「若きシリア人」や小姓にも殘酷な何度目かの幻滅を感じた。「若きシリア人」は肉附きの好い裸の手足を露はしたまま、一段高い舞臺の奥に反り身になつて佇んでゐる。が、背は目分量にすると、やつと四尺七八寸しかない。この小男を猶太の王ヘロド・アンティバスの寵遇を受けた護衛兵の大尉と思へと言ふのは金鶴香水をナルドの油と思へと言ふのも同じことである。いや、思へと言ふのかも知れない。現に小姓に扮した女優は明かに近代の文明が産んだ、一脚時價六圓か七圓ぐらゐの椅子に腰をかけてゐる。が、衣裳道具の整はないことや役者に適材を缺いてゐることは必ずしも不平を言はないでも好い。若しサロメさへ美しければ、――サロメに扮する女優さへ「銀の鏡に影を映した白薔薇の花のやうに」美しければ、僕等は五分もたたないうちに「若きシリア人」の身の丈や小姓の椅子などは忘れてしまふであらう。若しサロメさへ美しければ、――僕はHow beautifulとか或は又How strangeとか兎角Howを離れない臺辭の斷片を捉へながら、妃ヘロディアスの娘、猶太の王女、美しいサロメの出て來るのにあらゆる希望を託してゐた。

 サロメは畢に舞臺の右からしつしづと黑幕の前へ進んで來た。「若きシリア人」の臺辭を借りれば正に「水仙の花のやうに、銀の花のやうに」進んで來たのである。僕は早速双眼鏡擧げ――これはオペラ・グラスの誤りではない。明治十二年か十三年かに伊豆七島を測量した僕の叔父讓りの双眼鏡である。僕はこの大きい双眼鏡を擧げ、はるかに舞臺の上のサロメを眺めた。サロメはジヨカナアンの首を斬らせた時に何歳になつてゐたか不明である。が、兎に角養老院より女學校にはひるのに近かつたであらう。よし又年をとつてゐたにもしろ、少くとも女子大學の生徒ぐらゐの若さだけはあつたと思はなければならぬ。けれどこのサロメは明かに粉黛を装つたお婆さんである。顏や頸の皺は勿論、頰のこけてゐることも一通りではない。殊に猶太の月明りに、大理石と白さを競ふべき腕は干し大根のやうに痩せ細つてゐる。ああ、サロメさへ美しければ!――僕は圓いレンズの中にはつきりと彼女を眺めた時にとうとう僕の羅曼主義も偉大なる羅馬帝國のやうに没落しなければならぬことを感じた。しかし――

 しかし火を吹いて滅せしめる風は同時に又火を吹いて熾ならしめる風である。俗惡を極めた現實は僕の羅曼主義に一撃を與へた。けれど僕の羅曼主義は反つてその一撃の爲に燃え上つた。と言ふのは外でもない、僕はこの「老いたる猶太の王女」に忽ちかう言ふ森先生の名文の一節を思ひ起したのである。――

 「……女王は身の丈甚だ高からず、面(おもて)の輪郭鋭くして、黑き目は稍々(やや)陷りたり。衣裳つきほいと惡(あし)し。無遠慮に評せば、擬人せる貧窶(ひんる)の妃嬪(ひひん)の装束したるとやいふべき。さるを怪しむべきは此女優の擧止(たちゐ)のさま都雅(みやびやか)にして、いたく他(た)の二人(にん)と殊なる事なり。われは心の中に、若し少(わか)き美しき娘に此行儀あらば奈何ならんとおもひぬ。既にして女王は進みて舞臺の縁(ふち)に點(とも)し連ねたる燈火(つくわ)の處に到りぬ。此時我心は我目を疑ひ、我胸は劇(はげ)しき動悸を感じたり。われは暫くの間、傍なる紳士に其名を問ふことを敢てせざりき。われ。此女優の名をば何とかいふ。紳士。アヌンチヤタといへり。……」

 僕は何度も双眼鏡を挙げて舞臺の上のサロメを眺めた。サロメを?――いや、サロメではない。あれは「即興詩人」のアヌンチヤタである。少くともアヌンチヤタの姉妹である。殘骸に脂粉を装つた酉班牙生まれのアヌンチヤタは氣の毒にも「燈燭の數少き、薄暗き」ヴェニスの小劇場に往年の戀人と邂逅した。が、ヴェニスの小劇場は東洋の日本の横濱の小劇場のあはれなるに若かない。あのサロメに扮した女優も肉の落ちた彼女の乳の下には何本かの古手紙を持つてゐるであらう。或はホテルの彼女の部屋にも何年か前にディドオに扮した彼女自身の油畫――でなければ繪端書ぐらゐは持つてゐるかも知れない。……

 「……アヌンチヤタは再び口を開きぬ。我は君と再會せり。再會していよ/\君が情ある人なることを知る。されど薔薇(さうび)は既に凋(すが)れ、白鵠(くぐひ)は復た歌はずなりぬ。おもふに君は聖母の恩澤に浴して、我に殊なる好き運命に逢ひ給ふなるべし。今はわれに唯々(ただ/\)一つの願(ねがひ)あり。アントニオよ、能くそを愜(かな)へ給はんかといふ。われ手に接吻して、いかなるおん望にもあれ、身にかなふ事ならばといふに、アヌンチヤタ、さらばこよひの事をば夢とおぼし棄て給ひて、いまより後(のち)いついづくにて相見んとも、おん身と我とは識らぬ人となりなんこと、是れわが唯々一つの願ぞ、さらば、アントニオ、これより善き世界に生れ出なば、また相見ることもあらんとて、我手を握りぬ。……」

 サロメは香爐の煙の中にI will kiss thy mouthとか何とか叫びながら、やつと金紙の井戸から出て來た豫言者ジヨカナアンに手を伸べてゐる。が、僕は小姓の椅子を忘れ、「若きシリア人」の身の丈を忘れ、唯僕の前に展開した羅曼主義の世界に見入つてゐた。其處には「サロメ」の戲曲家ワイルドもなければワイルドの戲曲「サロメ」もない。唯寂しいアヌンチヤタが一人、燈火もともさぬ屋根裏の小窓に今しがた悄然と歸つて行つたアントニオのことを考へてゐる。ヴェネティアの宮殿や寺院を照らした、薄ら寒い月光を眺めながら。……

 これは僕等の十四五年前に見た最初の「サロメ」の印象である。同時に又日本の舞臺に上つた最初の「サロメ」の印象である。僕は後に松井須磨子のやはり「サロメ」を演ずるのを見た。須磨子のサロメは美しい――よりも兎に角若かつたのに違ひない。が、僕のいつになつても忘れることの出來ないのはあの年をとつたサロメである。あの横濱へ流れて来た無名の英吉利の女優である。……

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